特許庁が公開している審判便覧には、無効審判の制度趣旨が次のように記載されています。
「権利に瑕疵がある場合、権利者には不当な権利を与え、本来何人も当該発明等について実施、使用できるにもかかわらず、それを禁止することになり、産業の発達を妨げるなどの弊害を発生させることがある。このような場合には、その権利を無効とし、権利を初めから存在しなかった、又は後発的無効理由(特§123①七、実§37①六、意§48①四、商§46①五等)に該当するに至った時から存在しなかったとさせる必要があるので、これに応じて設けられものが無効審判制度である(特§123①、実§37①、意§48①、商§46①、§68④)。」
以下、特許の無効審判の概要や状況を説明します。
1.制度の概要
1-1.請求人
無効審判を請求できるのは、「利害関係人」に限定されます(特許法第123条第2項)。
例えば、その特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)のある製品を製造又は販売している会社(法人)は利害関係人であり、無効審判を請求できます。また、その特許発明と同じ技術分野に属する発明について特許出願を行い、審査請求を予定しており、出願発明の実施(事業化)を考えており、あらかじめその特許に抵触する可能性を解消しておく必要性がある者は、利害関係人であり、無効審判を請求できます(平成29年10月23日知財高裁判決、平成28年(行ケ)10185号)。
一方、その特許に関係のある装置を製造販売している会社であっても、法人ではなく、代表者個人が審判請求すると、代表者個人に法律上の利害がないため、請求人適格を有さないと判断され、審判請求は不適法として却下されます(東京高裁昭和41年9月27日判決 行集17巻9号1119頁 (密閉撹拌装置))。従って、「何人も」申し立てることのできる特許異議申立てでは、ダミーが申立人であるケースが多いのですが、無効審判では、請求人適格が審理されるため、ダミーを請求人とすることは困難です。
1-2.無効理由
無効理由は、特許法第123条第1項各号に列挙されています。
なお、誤訳訂正書によるべき誤訳の訂正を手続補正書で行った場合、経済産業省令で定める特許請求の範囲の記載方法に違反した場合、発明の単一性違反の場合、文献公知発明に関する情報の記載の規定に違反した場合は、拒絶理由ですが、無効理由ではありません。これらは、手続的・形式的瑕疵であり、これらを無効理由とするのは特許権者にとって酷と考えられるためです。
1-3.審理の方式
審理は、審判官の合議体によって行われます。審判長は、無効審判の請求があった時、特許権者に、答弁書の提出や、明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正の請求を行う機会を与えます。
特許庁の審判長又は審判官は、職権で証拠調及び証拠保全をすることができ、審判請求人や特許権者等が指定の期間内に手続きをしない場合でも審判手続を進行することができ、審判請求人等が申し立てない理由についても審理をすることができます。例えば、審判官は、請求人が提出していない証拠を採用して特許発明の新規性・進歩性を審理することや、進歩性違反が請求理由であってもサポート要件や実施可能要件について審理すること(適用条文の変更)ができます。ただし、審判官は、無効が請求されていない請求項については、審理できません。
2.審決の状況
特許行政年次報告書2022年版によると、2012年~2021年に最終処分のあった無効審判の件数は、1765件であり、その内、請求成立(一部成立を含む)が373件、請求不成立(却下を含む)が1070件、取下・放棄が372件です。無効(請求成立)となったのは、請求件数の約21%でした。また、特許及び実用新案の無効審判の平均審理期間は14.1か月でした。
なお、特許行政年次報告書2022年版によると、特許の異議申立てにおける取消決定の割合は約12%(6206件中716件)、であり、無効審判における無効審決の割合(約21%)よりも小さいです。一見すると、異議申立てよりも無効審判の方が成功し易く見えますが、審理の主体は、いずれも特許庁の審判官の合議体なので、無効・取消の判断基準は同じだと思われます。このような割合の差は、おそらく、異議申立ては、無効審判に比べて申立人の手続負担が少ないため、取消決定となる見込みが低くとも異議を申し立てる者が多いためだと思われます。
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で、2018年1月1日~2022年12月31日が審決日である特許の無効審判を検索する(検索日:2023年6月30日)と、その件数は460件であり、審決の種類別の件数は下表のとおりです。なお、特許部分確定公報(一部確定)が表示されて複数の分類が付されている審決については、最新の部分確定公報に記載の分類記号に該当するとしました。
2018~2022年の5年間において一部又は全部が無効となったのは、108件で全体の約23%です。訂正が一部又は全部認められた上で無効とされなかったのは、141件で全体の約31%です(「訂正」とは、特許権者が、特許請求の範囲の減縮や、誤記の訂正、不明瞭な記載の釈明等を目的として、出願時に提出した書類を訂正することです。従って、訂正が認められると、特許権の権利範囲が狭くなることがあります)。この中には、訂正によって無効審判の請求人の製品・方法が特許発明を侵害しなくなった場合のように請求人が満足できるものと、そうでないものがあります。特許が無効となったものの件数と、請求人が満足できたか否かは不明ですが無効審判によって特許に何らかの影響を与えたもの、すなわち、訂正後に無効とされなかったものの件数の合計は、249件であり、全体の約54%です。
3.裁判における無効の抗弁(特許法第104条の3)について
特許法第104条の3第1項には、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない」と規定されています。従って、無効審判を請求しなくとも、特許権の侵害訴訟で特許が無効であると主張することができます。
知的財産高等裁判所が公表している「特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和4年)」には、判決により終局した事件について、無効の抗弁の有無と特許の有効・無効の判断の統計データが記載されています。
出典:「特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和4年))
この統計データによると、無効の抗弁が主張されて特許が有効と判断されたものと、無効の抗弁が主張されて特許が無効と判断されたものとは、略同数となっています。上述のように、無効審判での無効審決の割合は、20%台前半なので、一見すると、裁判では、無効審判よりも特許が無効と判断され易いように見えます。
しかし、裁判の中には、判決に至らずに和解で終了するものもあります。上記の統計データには、和解に関するデータも記載されています。
出典:「特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和4年))
和解で終わった226件の内、差止給付条項と金銭給付条項の少なくとも一方が和解の条件に盛り込まれたものは181件で、約80%です。このような特許権者に有利な条件で和解した事件は、当事者が特許を有効だと判断した可能性が高いです。
従って、特許が有効な事件は、判決に至らずに和解で終わることが多いと考えられるため、判決に至った事件において無効の抗弁が主張された事件の内約半数で特許が無効と判断されたからと言って、一概に、無効審判よりも裁判の方が特許を無効と判断し易いとは言えないと思われます。
4.まとめ
無効審判は、特許異議申立てに比べて、当事者の手続的負担が大きいものの、異議申立てと違って請求可能な期間が限定されていません。無効審判により特許が無効であるとの審決がでる割合は20%台前半であって大きいとは言えませんが、審理中に特許の訂正が請求される割合は多く、無効審判により、特許に何らかの影響を与える可能性は高いと言えます。
弁理士 高尾 智満