1.はじめに
ある発明について特許権を取得した者(以下、特許権者)は、その発明を事業として実施する権利を独占することができます(特許法第68条)。具体的には、特許権者は、特許権を取得した発明を他人が無断で実施した場合に、損害賠償等の法的措置を取ることができます。このように、特許権を取得することは、競合他社による自社製品の無断実施を防ぎ、競合他社に対する優位性を確保するために、非常に有効な手段です。
しかし、特許権を取得するための手続きは難解であり、その流れは複雑です。そこで、本稿では、特許権を取得するための手続きについて、できるだけ平易な言葉を使って1つずつ解説していきます。
2.特許権を取得するための手続き
※特許庁ホームページ「初めてだったらここを読む~特許出願のいろは~」より
2-1.先行技術調査
後述のように、ある発明について特許権を取得するためには、その発明が新しいものであり、且つ、容易に考え出すことのできないものであることが必要です。そのため、明らかに従来から存在している発明についてむやみに特許出願(特許の申請)を行っても、特許権を取得することはできず、時間や費用が無駄になるおそれがあります。そこで、特許出願のための具体的な準備を始める前に、特許出願を行う発明に類似する発明がすでに存在していないかどうかを確認するための調査を行います。これを「先行技術調査」と呼びます。
先行技術調査では、特許出願を行う発明に類似する発明が記載された公開公報や特許公報を探します。特許出願の日から1年6カ月が経過すると、特許出願を行った発明の内容が記載された公報が発行されます。これが公開公報です。また、特許出願の実体審査(詳細は後述)を経て特許権が設定登録されると、設定登録された特許権の内容が記載された公報が発行されます。これが特許公報です。
信頼性の高い調査結果を得るためには、知的財産の専門家である弁理士に先行技術調査を依頼することをお勧めします。但し、簡易的な先行技術調査であれば、発明をした方がJ-PlatPatを用いてご自身で行うこともできます※1。J-PlatPatは、独立行政法人 工業所有権情報・研修館(INPIT)が提供する無料のデータベースです。
※1 J-PlatPatを使った先行技術調査の方法については、特許庁ホームページの下記の記事をご参照下さい。
2-2.特許出願
先行技術調査の結果が良好であった場合、特許庁に対して特許出願を行います(特許法第36条)。現在では、オンラインでの特許出願が圧倒的に主流ですが、紙ベースでの特許出願も受け付けられています。
特許出願では、下記の(1)~(5)からなる出願書類を特許庁に提出します。
(1)特許願(願書)
(2)明細書
(3)特許請求の範囲
(4)必要な図面
(5)要約書
(1)の特許願には、特許出願を行う者(以下、出願人)、発明者、代理人等の情報を記載します。
(2)の明細書には、特許権を取得したい発明の詳細を記載します。具体的には、技術分野、背景技術、発明が解決しようとする課題、発明の効果、発明を実施するための形態等を項目ごとに記載します。
(3)の特許請求の範囲には、特許権を取得したい発明の範囲を請求項という項目に分けて記載します。特許権を取得した発明の技術的範囲は、この特許請求の範囲の記載に基づいて定まります(特許法第70条)。従って、特許請求の範囲は、出願書類の中でも特に重要度の高い書類と言えます。
(4)の必要な図面には、特許権を取得したい発明を表示します。
(5)の要約書には、特許権を取得したい発明の概要を記載します。
出願書類の作成には、高度な技術的、法律的知識が必要になります。そのため、発明をした方がご自身で適切な出願書類を作成することは一般的に困難であり、知的財産の専門家である弁理士に出願書類の作成を依頼することをお勧めします。
2-3.方式審査
特許出願が行われると、特許庁において、出願出願が形式的な要件を満たしているか否かの審査が行われます。これを「方式審査」と呼びます。なお、オンラインで特許出願を行う場合、出願書類が形式的な要件を満たしているか否かを出願ソフトが自動的にチェックしてくれます。そのため、方式審査で不備を指摘されることは稀です。
2-4.出願公開
特許出願の日から1年6カ月が経過すると、特許出願の内容が公開されます(特許法第64条)。これを「出願公開」と呼びます。出願公開は、前述の公開公報の発行によって行われます。
2-5.審査請求
誰でも、特許出願の日から3年以内に、後述する実体審査を行うことを請求することができます(特許法第48条の3)。これを「出願審査請求(略して、審査請求)」と呼びます。審査請求は出願人だけでなく第三者も行うことができますが、審査請求には費用がかかり、第三者が審査請求を行うことは稀ですので、通常は出願人が審査請求を行う必要があります。
特許出願から3年以内に審査請求が行われない場合、その特許出願は取り下げられたものとみなされ、特許権を取得することができなくなりますので、注意が必要です。なお、審査請求は、特許出願と同時に行うこともできます。
審査請求の特許庁料金(138,000円+請求項の数×4000円※2)は、特許出願の特許庁料金(14,000円※2)よりもはるかに高額に設定されています。そのため、審査請求を行う前に、特許出願後の事業の中止や製品の設計変更等によって特許権を取得する意義が無くなっていないかを再検討すると良いでしょう。
※2 いずれも2023年9月時点の金額です。
2-6.実体審査
特許出願について審査請求が行われると、特許庁の審査官は、特許出願が実体的要件を満たしているか否かを審査します(特許法第47条)。これを「実体審査」と呼びます。実体審査は、原則として、審査請求順に行われます。但し、早期審査やスーパー早期審査の申請があった特許出願に対しては、通常の特許出願よりも早く実体審査が行われることがあります※3。
審査官は、特許出願が実体的要件を満たしておらず、拒絶されるべきであると判断した場合、拒絶理由を記載した書面を作成します。これを「拒絶理由通知」と呼びます。拒絶理由通知において頻繁に引用される拒絶理由には、以下のようなものがあります※4。
- 新規性違反:発明が新しいものでない(特許法第29条第1項)
- 進歩性違反:発明が容易に考え出すことのできるものである(特許法第29条第2項)
- 明確性違反:発明が明確でない(特許法第36条第6項第2号)
出願人は、拒絶理由通知を受領した場合に、指定期間内に手続補正書(略して、補正書)や意見書を提出することによって、拒絶理由の解消を図ることができます。補正書とは、特許請求の範囲等の出願書類を補正するための書面です。意見書とは、拒絶理由が解消された理由を記載する書面です。
例えば、文献Aに記載された発明に基づいて、新規性違反の拒絶理由を受けたとします。この場合、特許出願人は、補正書によって特許請求の範囲を補正することで文献Aと特許を取得したい発明との違いを明確にした上で、意見書によって文献Aと特許を取得したい発明との違いを主張することができます。
※3 早期審査やスーパー早期審査については、特許庁ホームページの下記の記事をご参照下さい。
※4 その他の拒絶理由については、弊所コラム「特許が認められるためには」をご参照下さい。
2-7.特許査定
審査官は、実体審査において特許出願が実体的要件を満たすと判断した場合(意見書や補正書によって拒絶理由が解消されたと判断した場合を含む)、特許査定を行います(特許法第51条)。出願人が特許査定の謄本の送達日から30日以内に登録料を納付すると、特許権が設定登録され、特許権が発生します。なお、上記の納付期間に特許料を納付しないと、せっかく特許査定をもらった特許出願が却下されてしまいますので、注意が必要です。
2-8.拒絶査定
審査官は、出願人が拒絶理由通知に応答しない場合や、意見書や補正書によって拒絶理由が解消されていないと判断した場合、拒絶査定を行います(特許法第49条)。出願人は、拒絶査定に対して不服がある場合、拒絶査定の謄本の送達日から3カ月以内に拒絶査定不服審判を請求することができます(特許法第121条)※5。
※5 拒絶査定不服審判については、弊所コラム「特許の拒絶理由通知及び拒絶査定について」をご参照下さい。
3.まとめ
ここまで、特許権を取得するための手続きについて解説してきましたが、全体像をつかむことはできましたか?特許権の取得について分からないことがありましたら、ぜひお気軽にご相談下さい。ご相談はこちら
弁理士 松井 敬直