ある英語表記の商標を出願する場合、英語(アルファベット)表記とその読みを表す日本語表記(カタカナやひらがな)の両方について行うべきなのでしょうか?このような相談を受けた場合に我々がチェックするポイントについてご紹介いたします。
1.主に見るべきポイント
商標権の権利範囲は、同一のもののほか、類似の範囲にまで及びます。2つの商標が類似するかどうかの判断においては、それらの商標から同一の読み(称呼)が生じるのかどうかが非常に重要になります。したがって、ある英語表記の商標から自然に生じる読み(称呼)をそのまま日本語表記の商標とした場合には、それらの商標が互いに類似する可能性は高くなります。
商標出願を行うとき、英語表記と日本語表記のいずれかで良いのか、または両方出願した方がよいのかを見極めるために、主に以下の3つのポイントに分けてみていきます。
1-1.英語表記から生じる読み方は1つか
まず確認するのは、英語表記部分を読んだ時、読み方は1つに定まるか?ということです。
例えば、英語表記の「ABC」という商標からは、通常、「エービーシー」という読み(称呼)が生じますが、出願人もこの商標を「エービーシー」と読ませることを想定しているとします。また、反対に、日本語表記の「エービーシー(えーびーしー)」という商標を考え、それに対して英語表記の「ABC」を充てることを想定しているとします。このようなケースでは、英語表記と日本語表記の商標のうち、いずれか使用頻度の高い方の商標の登録をお勧めしています。
例えば、英語表記の「ABC」をメインで使用するというケースでは、英語表記の「ABC」という商標を登録しておけば、他人が日本語表記で「エービーシー」を使用した場合に、当該他人に対して「ABC」の商標権を根拠として侵害を主張できる可能性が高いと考えます。さらに、「ABC」から「エービーシー」の読みが自然に生じることから、他人が後から日本語表記の「エービーシー」を登録してしまうようなことも回避できるでしょう。
日本語表記の「エービーシー」という商標で登録した場合において、他人が英語表記の「ABC」を使用しているようなときにも、同様のことがいえます。
1-2.英語表記が造語かどうか
上述した「ABC」や、既成語のアルファベット表記(例:「APPLE」)をシンプルにそのまま読ませたい(「ABC」=「エービーシー」、「APPLE」=「アップル」)場合は使用頻度が高い方を登録しておけばよいのですが、その英語表記が辞書などに記載のない言葉や文字列(造語)の場合はどうでしょうか。
例えば、商標を英語表記の「APPLU」として、これを「アップル」と読ませたいケースについて考えてみます。
このケースでは、「APPLU」が造語であるため、この英語表記の読み(称呼)が「アップル」であるとは認められない恐れがあります。なぜかというと、英語表記の「APPLU」からは「アップル」以外にも「アプル」「アップリュ」等の読み(称呼)が想起され、特定の読み方(「アップル」)は生じないと判断される可能性があるからです。
そのように判断された場合には、英語表記の「APPLU」を登録しても、英語表記「APPLU」と日本語表記「アップル」とは互いに類似せず、英語表記「APPLU」の商標権は日本語表記「アップル」にまでは及ばないことになり、日本語表記の「アップル」を使用している他人に対して「APPLU」の商標権を根拠として侵害を主張することができません。さらに、他人が後から日本語表記の「アップル」を取得してしまう恐れもあります。したがって、このようなケースでは安全のために、日本語表記の「アップル」も登録しておくことをお勧めします。
同様に、仮に日本語表記の「アップル」で商標権を取得しても、日本語表記で「アップル」というと、通常は「APPLE」の表記が想起されるため、日本語表記の「アップル」の商標権の権利範囲は英語表記の「APPLU」にまで及ばない(両商標は類似しない)と判断される可能性があります。
そのような判断がされた場合には、英語表記の「APPLU」を使用する他人に対して「アップル」の商標権を根拠とする侵害を主張することができません。したがって、このケースでは、仮に日本語表記の「アップル」の使用がメインであっても、英語表記の「APPLU」も取得しておいた方が良いと考えます。
1-3日本語表記が特殊な読み方かどうか
これは上述した「APPLU」とも関連しますが、英語表記の読み方が特殊なケースも想定されます。
例えば、英語表記が「TUBE」の場合、通常は「チューブ」という称呼(読み)が生じますが、この語の読み方を「ツべ」「チューべ」「ツブ」等のいずれかとしたい場合はどうでしょうか。
英語表記の「TUBE」のみを取得しておいても、日本語表記の「ツべ」「チューべ」「ツブ」等を使用する他人に対して「TUBE」の商標権を根拠として侵害を主張できる可能性は高くないと考えます。その理由として、英語表記の「TUBE」といえば、通常は「チューブ」という読み方が想起されるため、英語表記の「TUBE」は日本語表記の「ツべ」「チューべ」「ツブ」等には類似しないと判断される可能性があるからです。
また、同様に、「ツべ」「チューべ」「ツブ」等のいずれかを登録しても、「TUBE」を使用する他人に対してはそれらの商標権を根拠として侵害を主張できない恐れがあります。
したがって、例え既成語の英語表記であっても、このようなケースでは、英語表記と日本語表記の両方で商標権を取得しておくことをお勧めします。
2.まとめ
英語表記と日本語表記がある商標の場合の出願をどのように行うかを判断する際に確認するポイントは、以下のようになります。
- 英語表記から生じる読み方が1つであるかどうか?
既成語や単純なアルファベットの羅列など、1つの英語表記から1つの日本語表記(読み)が生じる場合には、英語表記と日本語表記とは互いに類似する可能性が高くなります。その場合には、使用頻度の高いいずれか一方の出願でもよいことが多いと考えます。
- 英語表記が辞書などに掲載のない造語であるか?
英語表記が辞書などに掲載のない造語である場合には、その表記から生じる読み(称呼)が絶対に1つであるケースは稀であると考えます。したがって、英語表記だけではなく、日本語表記の商標も出願しておくことが望ましいと考えます。
- 特殊な読み方をさせたいか?
英語表記が辞書などに記載のある語であっても、特殊な読み方をさせたい場合には、日本語表記のほか、英語表記の商標も出願しておくことをお勧めします。
商標によっては上記のパターンに該当しない場合や上記のポイントのみでは判断できないものもあります。商標の表記で迷われた方は、お気軽にご相談下さい。相談はこちら
弁理士 由利 尚美