1.分割出願とは
一般的に、「分割」という言葉は、「一つの大きなものをいくつかの小さな部分に分ける」という意味で使われます。そのため、「分割出願」について、「一つの大きな特許出願をいくつかの小さな特許出願に分ける」というイメージを持たれている方もいるかも知れません。
しかし、特許法上の分割出願とは、2つ以上の発明を含む特許出願の一部を新たな特許出願とすることを意味します(特許法第44条第1項)。つまり、特許法上の分割出願とは、特許出願の一部を新たな特許出願として提出し直すことを意味します。実務上、2つ以上の発明を含む元の特許出願のことを原出願(または親出願)と呼び、原出願に基づく新たな特許出願のことを分割出願(または子出願)と呼びます。なお、子出願を原出願として更に分割出願(孫出願)を行うこともできます。
本稿では、分割出願の要件や効果などについて解説していきます。
2.分割出願の要件
分割出願は、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか。
2-1.誰が分割出願をできるのか?
分割出願をできる者は、原出願の出願人に限られます(特許法第44条第1項)。具体的には、分割出願の出願時において原出願の出願人と分割出願の出願人とが一致していることが必要です。従って、他人の特許出願を原出願として分割出願を行うことはできません。
2-2.いつ分割出願をできるのか?
分割出願は、以下の時期1~3のいずれかにおいて行う必要があります(特許法第44条第1項)。
- 時期1:原出願の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、明細書等)を補正できる時期
- 時期2:原出願の特許査定の謄本送達日から30日以内
- 時期3:原出願の拒絶査定の謄本送達日から3カ月以内
上記の時期1について、原出願の明細書等について補正をすることができる時期とは、通常、以下の時期1.1~1.3を意味します(特許法第17条の2第1項)。
- 時期1.1:出願から最初の拒絶理由通知を受けるまでの期間
- 時期1.2:拒絶理由通知に対する応答期間(国内居住者:60日 在外者:3カ月)
- 時期1.3:拒絶査定不服審判の請求と同時
上記の時期2について、原出願の特許査定の謄本送達日から30日以内であっても、原出願の設定登録料を納付して原出願の特許権が成立すると、分割出願をすることができなくなります。従って、上記の時期2において分割出願を行うことを検討している場合、原出願の設定登録料の納付タイミングに注意が必要です。
上記の時期2について、以下の2つの場合には、特許査定後の分割出願をすることはできません。
- 前置審査において特許査定がされた場合
- 拒絶査定不服審判において拒絶査定が取り消され、差し戻し審決により審査が再開され、特許査定がされた場合
2-3.どのような発明を分割出願の対象にできるのか?
上記の時期1~時期3のどのタイミングで分割出願を行う場合であっても、分割出願の明細書等に記載された事項が原出願の出願当初の明細書等に記載されていることが必要です。従って、原出願の出願当初の明細書等に記載されている発明のみを分割出願の対象とすることができます。言い換えると、原出願の出願時に開示していなかった新規な発明を分割出願の対象とすることはできません。
上記の時期2又は時期3において分割出願を行う場合、上記の要件に加えて、分割出願の明細書等に記載された事項が原出願の分割直前の明細書等に記載されていることが必要です。従って、上記の時期2又は時期3において分割出願を行う場合、原出願の出願当初の明細書等に記載され、且つ、原出願の分割直前の明細書等に記載されている発明のみを分割出願の対象とすることができます。言い換えると、補正によって原出願の明細書等から完全に削除してしまった発明を分割出願の対象とすることはできません。但し、原出願において特許請求の範囲からある請求項に係る発明を削除する補正を行っていた場合でも、通常は、その発明は原出願の明細書や図面に残ります。そのため、補正によって原出願の明細書等から発明が完全に削除されることはありません。
3.分割出願の効果
分割出願を行うと、どのような効果が得られるのでしょうか。
3-1.分割出願が要件を満たす場合
分割出願が上記の要件2-1~要件2-3をすべて満たす場合には、分割出願は原出願の時にしたものとみなされます(特許法第44条第2項)。言い換えると、分割出願の出願時が原出願の出願時までさかのぼります。これを「分割出願の遡及効」と呼びます。
分割出願の遡及効により、分割出願に係る発明についての特許要件※(新規性、進歩性など)の判断は、分割出願の出願時ではなく、原出願の出願時を基準に行われます。例えば、原出願の出願時と分割出願の出願時の間に分割出願に係る発明と同じ発明が公知になっても、それによって分割出願に係る発明の新規性が否定されることはありません。
※「特許要件」については、コラム「特許が認められるためには」をご参照下さい。
3-2.分割出願が要件を満たさない場合
分割出願が上記の要件2-1又は要件2-2を満たさない場合、分割出願自体が却下されるため、分割出願の審査は行われません。
分割出願が上記の要件2-3を満たさない場合、分割出願自体が却下されることはありませんが、分割出願の遡及効が認められません。そのため、分割出願に係る発明についての特許要件の判断は、原出願の出願時ではなく、分割出願の出願時を基準に行われます。
4.分割出願の具体例
実際に、分割出願はどのような場面で利用されているのでしょうか。
特許出願に対して発明の単一性違反の拒絶理由が通知され、一部の発明が特許出願の審査対象から除外されることがあります。このような場合に、審査対象から除外された発明を特許出願(原出願)の特許請求の範囲から削除し、その発明について分割出願を行うことができます。これにより、特許出願(原出願)の審査対象から外された発明の権利化を継続することができます。
特許出願の一部の発明のみに対して拒絶理由を受けることがあります。このような場合に、拒絶理由を受けた発明を特許出願(原出願)の特許請求の範囲から削除し、その発明について分割出願を行うことができます。これにより、拒絶理由を受けなかった発明については元の特許出願(原出願)で迅速な権利化を図りつつ、拒絶理由を受けた発明については分割出願でじっくりと権利化を図ることができます。
特許出願時に明細書や図面のみに記載していた発明(特許請求の範囲に記載していなかった発明)について、特許出願後に権利化の必要性が生じることがあります。このような場合に、特許出願時に明細書や図面のみに記載していた発明について分割出願を行うことで、その発明の権利化を図ることができます。
その他、特許査定後に特許請求の範囲を拡張又は変更したくなった場合などにも、分割出願を行うことがあります。
5.まとめ
このように、分割出願は、様々な場面で利用可能な出願形態であり、自社の特許網を充実させるための手段として多くの企業に活用されています。特許出願後は、拒絶理由通知の発行時、特許査定時、拒絶査定時などの一定のタイミングで、分割出願の利用可能性を検討すると良いでしょう。
弁理士 松井 敬直