1.国内優先権制度とは
国内優先権制度とは、自己の特許出願(又は実用新案登録出願)から一定の期間内(原則として、1年以内)に行う特許出願について、上記の自己の特許出願に基づく国内優先権の主張を認める制度です(特許法第41条)。実務上、国内優先権の主張の基礎となる自己の特許出願のことを「先の出願」と呼び、先の出願から一定の期間内に行う特許出願のことを「後の出願」と呼びます。後述のように、後の出願について先の出願に基づく国内優先権を主張することで、後の出願の特許要件(新規性、進歩性など)の判断に関して、優先的な取扱いを受けることができます。
本稿では、国内優先権を主張する要件や効果などについて解説していきます。
2.国内優先権を主張する要件
国内優先権を主張するためには、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか。
2-1.誰が国内優先権を主張できるのか?
国内優先権を主張できる者は、先の出願の出願人に限られます(特許法第41条第1項)。具体的には、後の出願の出願時において先の出願の出願人と後の出願の出願人とが同一であることが必要です。従って、他人の特許出願に基づいて国内優先権を主張することはできません。
先の出願が共同出願である場合、一部の共同出願人が全員を代表して国内優先権を主張することはできません(特許法第14条)。つまり、先の出願が共同出願である場合、共同出願人が全員で後の出願を行う必要があります。
2-2.いつ国内優先権を主張できるのか?
原則として、先の出願の日から1年以内に国内優先権を主張する必要があります(特許法第41条第1項第1号本文)。この先の出願の日から1年の期間のことを、「優先期間」と呼びます。複数の先の出願に基づいて複数の国内優先権を主張する場合、最も出願日が早い先の出願の優先期間内に後の出願を行う必要があります。
例外的に、以下の2つの条件の両方を満たせば、優先期間の経過後であっても国内優先権の主張が認められます(特許法第41条第1項第1号括弧書き)。
- 優先期間を徒過したことが故意でないこと
- 優先期間の経過後、2カ月以内に後の出願を行うこと
但し、金銭的事情などによって優先期間を徒過した場合には、優先期間を徒過したことが故意でないとは認定されない可能性があります※。更に、上記のような例外的な取扱いを受けるためには、高額な庁費用(2023年5月において、212,100円)の支払いが必要になります。従って、優先期間内に後の出願を行うことが推奨されます。
※「故意でないこと」の基準については、特許庁HPをご確認下さい。
2-3.どのような先の出願に基づいて国内優先権を主張できるのか?
先の出願が以下の4項目のいずれかに該当する場合を除き、その先の出願に基づいて国内優先権を主張することができます(特許法第41条第1項第2号~第5号)。
- 先の出願が分割出願、変更出願、又は実用新案登録に基づく特許出願である場合
- 先の出願が放棄され、取り下げられ、又は却下されている場合
- 先の出願について査定又は審決が確定している場合
- 先の出願について実用新案権の設定登録がされている場合
2-4.どのような発明を後の出願の対象にできるのか?
先の出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲、図面(以下、「明細書等」)に記載されている発明だけでなく、先の出願の出願当初の明細書等に記載されていない発明も、後の出願の対象とすることができます。従って、先の出願において開示していなかった改良発明などを、後の出願に自由に追加することができます。これにより、発明の包括的な保護を図ることができます。
3.国内優先権を主張する効果
国内優先権を主張すると、どのような効果が発生するのでしょうか。
3-1.後の出願についての優先的な取扱い
後の出願について先の出願に基づく国内優先権を主張すると、後の出願に係る発明のうち、先の出願の出願当初の明細書等に記載されている発明については、先の出願の出願時を基準として一定の特許要件(新規性、進歩性、拡大先願、発明の新規性喪失の例外、先願)の判断が行なわれます(特許法第41条第2項)。一方で、後の出願に係る発明のうち、先の出願の出願当初の明細書等に記載されていない発明(すなわち、後の出願で新たに追加した発明)については、国内優先権を主張する効果は発生せず、後の出願の出願時を基準としてすべての特許要件の判断が行なわれます。
例えば、下記の事例1において、発明A、Bについて先の出願を行い、この先の出願に基づく国内優先権を主張して、発明A、Cについて後の出願を行ったとします。この場合、先の出願に記載されている発明Aについては、先の出願の出願時を基準として一定の特許要件(新規性、進歩性など)が判断されます。そのため、先の出願の出願時と後の出願の出願時の間に発明Aと同じ発明が公知になっても、それによって発明Aの新規性が否定されることはありません。これに対して、先の出願に記載されていない発明Cについては、後の出願の出願時を基準としてすべての特許要件が判断されます。そのため、先の出願の出願時と後の出願の出願時の間に発明Cと同じ発明が公知になると、それによって発明Cの新規性が否定されます。
先の出願(第2の出願)は、その前の出願(第1の出願)に基づく国内優先権やパリ優先権を主張していることがあります。このような場合、先の出願(第2の出願)とその前の出願(第1の出願)の両方に記載されている発明については、後の出願(第3の出願)において国内優先権を主張する効果は発生しません。このような場合に国内優先権を主張する効果を認めると、実質的に優先期間を延長することになるためです。
例えば、下記の事例2において、発明A、Bについて第1の出願を行い、この第1の出願に基づく国内優先権を主張して、発明A、Cについて第2の出願を行い、更に、この第2の出願に基づく国内優先権を主張して、発明A、C、Dについて第3の出願を行ったとします。この場合、第1の出願及び第2の出願の両方に記載されている発明Aについては、第3の出願において国内優先権を主張する効果が発生しないため、第3の出願の出願時を基準としてすべての特許要件が判断されます。第1の出願に記載されておらず、第2の出願に記載されている発明Cについては、第3の出願において国内優先権を主張する効果が発生するため、第2の出願の出願時を基準として一定の特許要件(新規性、進歩性など)が判断されます。第1の出願及び第2の出願の両方に記載されていない発明Dについては、第3の出願において国内優先権を主張する効果が発生しないため、第3の出願の出願時を基準としてすべての特許要件が判断されます。
3-2.先の出願の取り下げ擬制
国内優先権の主張の基礎とされた先の出願は、以下の4項目のいずれかに該当する場合を除き、その出願の日から1年4カ月を経過した時に取り下げられたものとみなされます(特許法第42条第1項)。これを、「先の出願の取り下げ擬制」と呼びます。
- 先の出願が放棄され、取り下げられ、又は却下されている場合
- 先の出願について査定又は審決が確定している場合
- 先の出願について実用新案権の設定登録がされている場合
- 先の出願に基づく全ての国内優先権の主張が取り下げられている場合
なお、先の出願の日から1年4カ月以内であれば、国内優先権の主張を取り下げることができます(特許法第42条第2項)。また、後の出願が先の出願の日から1年4カ月以内に取り下げられたときは、同時に国内優先権の主張が取り下げられたものとみなされます(特許法第42条第3項)。先の出願に基づく全ての国内優先権の主張が取り下げられると(又は、取り下げられたものとみなされると)、先の出願は取り下げ擬制にならず、先の出願と後の出願が独立して併存することになります。
4.国内優先権制度を利用する類型
実際に、国内優先権制度は、どのように利用されているのでしょうか。以下、国内優先権制度を利用する主な類型をご紹介致します。
4-1.実施例補充型
先の出願に記載されていなかった実施例(実施形態)を後の出願において追加する類型です。例えば、先の出願において駆動装置の実施例として内燃機関のみが記載されている場合に、後の出願において駆動装置の実施例として電動モータを追加するような類型です。
4-2.単一性利用型
先の出願に係る発明との関係で発明の単一性の要件を満たす新たな発明を後の出願において追加する類型です。例えば、先の出願にある製品の製造方法に係る発明が記載されている場合に、後の出願においてその製品の製造装置に係る発明を追加するような類型です。
4-3.上位概念抽出型
複数の先の出願に記載された下位概念の発明を、後の出願において上位概念としてまとめる類型です。例えば、ある製品をアルミと鉄によって形成する発明が複数の先の出願にそれぞれ記載されている場合に、上記の製品を金属によって形成する発明について後の出願を行うような類型です。
4-4.補正代用型
先の出願について発見された誤記や記載不備を訂正したいが、手続補正書によってその誤記や記載不備を補正すると、新規事項の追加に該当することが懸念される場合があります。このような場合に、手続補正書による補正の代わりに、先の出願に基づく国内優先権を主張した後の出願を行い、後の出願において誤記や記載不備を訂正する類型です。
5.まとめ
このように、国内優先権制度は、様々な場面で利用可能な制度であり、自社製品の包括的な保護を図るための手段として多くの企業に活用されています。ある製品について特許出願を行った直後にその製品の改良案が出された場合などにおいて、国内優先権制度の利用を積極的に検討すると良いでしょう。
弁理士 松井 敬直